ホールニックネーム

クラブ会報(№29 平成3年8月10日発行)に掲載された寄稿文です。

文:大島嘉昭会員

1番ホール(PAR4)
「一本松」
 練習パッティンググリーンと赤松の美しいコントラストの風景を見ながら行くと1番ホールに着きます。ティショットはフェアウェイ中央の一本松のやや右が良い。スタートホールは六分目の力で軽く打ちましょう。
2番ホール(PAR4)
「ガリバーホール」
ロングヒッターでも2オンするのは難しいホール。2オンした人をガリバーさんと呼びましょう。 
3番ホール(PAR5)
「楢(なら)の木平」
 ティショットは正面の※楢の木の左右どちらでも、お好きなほうにお打ちください。風流心のある方は、右にあるバンカー内の築山に球が行きますのでご用心。
※事務局注:その後、楢の木は台風で倒れ、現在は欅(けやき)に植え替えられています。
4番ホール(PAR4)
「お台場」
 大スライサーは右OBにご用心。グリーンは砲台なので、第2打は大きめのクラブでドーンと高く打ち上げましょう。
5番ホール(PAR3)
「茶店池」
 池を越すクラブで打ちましょう。夏でも暑いからといってボールに水浴びをさせないで下さい。ティグラウンド手前の辛夷(こぶし)の花は満開の時、白いウエディングドレスを着たように見事です。
6番ホール(PAR4)
「山登り」
富士小山で一番きつい登り坂コース。春には右に富士桜の可憐な花が咲きます。ロングヒッターは前方右手のバンカーに打ち込まぬよう、ご用心。
7番ホール(PAR4)
「娘坂」
素直な娘さんのような打ちおろし のホールです。インコースの12番ホールとよく似ていますが、 ティショットの落としどころにバンカー(おばん)が無いので娘坂と言います。ティショットは引っ掛けないように打ちましょう。
8番ホール(PAR3)
綾子六番勝負
岡本綾子が鈴木美重子とプレーした時、170ヤードのティグラウンドから6番アイアンでワンオンしました。この話をすると腕自慢の男性は6番アイアンで打ちますが大体ショートします。その後、私はドライバーで打ちます。 
9番ホール(PAR5)
「関東18番」
 昭和57年の関東オープンはアウトとインを入れ替えました。このホールが18番になったのです。そこでこのホールを関東18番といいます。富士小山で一番長いロングホールです。関東オープンの優勝者、尾崎将司のスコアは2オーバーでした。
※関東オープンの文字をクリックすると競技成績が表示されます。
10番ホール(PAR3)
「初池」
“初池やボール飛び込む水の音”なんて言ってないで、しっかり打って下さい。
11番ホール(PAR5)
「ロングエプロン」
距離は短いロングホールですが、グリーン手前のエプロンが長いのでロングエプロンと言います。アプローチはショートしないようにね!
12番ホール(PAR4)
「おばん坂」
アウト7番の娘坂に対し、こちらはバンカーがあるので“おばん坂”と言います 。でもこのおばん坂のティグラウンドからの眺望はコース随一素晴らしいですよ!
13番ホール(PAR4)
「左折禁止」
 ティショットの方向目標は高圧線鉄塔です。左に行くのは危険です。でも何事も体験したがる貴方ですから、一度左に行ってみますか?
14番ホール(PAR4)
「クラブハウスの絵」
 茶店で一休みしてから、このティグラウンドに立って見てください。ここから望むクラブハウスは、まさに一幅の絵です。
15番ホール(PAR5)
「御殿場線」
 樅(もみ)の木の右が御殿場線、左が東海道線です。昔は御殿場線もフェアウェイでしたが今はラフなのでティショットは東海道線に打ちましょう。あまり左に行くと心寒線(シンカンセン・OB)がありますよ!
16番ホール(PAR3)
「スピードウェイ」
富士スピードウェイの爆音に合わせてショットすると、ピンそばにオンすると信じている人もいます。でもスリーオンでピンそばでした。 
17番ホール(PAR4)
「富士に立つ影」
 晴れた日には前方に富士がくっきりと勇姿を見せます。コースで富士が一番美しく見えるホールです。フェアウェイは右に傾いており、ボールは右に転がりますので左目に打ってください。
18番ホール(PAR4)
「魔女パートレーヌ嬢」
 ティショットの落下点付近は幅が狭く左右OBです。魔女パートレーヌ嬢のウエストです。なかなかパーが取れないホールです。パートレーヌ嬢に敬意を表してボギーで良しとしましょう。グリーン近くの左14番ホールとの境にある紫つつじ(三ツ葉つつじ)は目のさめるような美しい紫の花を咲かせます。魔女パートレーヌ嬢の花の冠でしょうか?

【大島嘉昭会員のご紹介】

昭和2年生まれ。80才になられた現在も月例競技に積極的に参加し、ゴルフを楽しまれています。
最近の悩みはドライバーの飛距離が落ちたことだそうです。
(事務局 2007年5月)